Vol.4
ハイキング・イン・イタリア
『Parco Nazionale
  dei Monti Sibillini Part II』

(シビッリーニ連峰国立公園)
  

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シッビリーニの春、そして夏へ
5月も下旬に近づく頃、イタリア中央部シッビリーニ連峰にも“短い春”がやってきた。 暖かくなってきたなと感じた頃からほんの数日間で、一気に15℃近くも気温が上昇するという。 山の雪がとけ、牧草が若草色へと色づきだし、小さな野花があちこちに顔を出し始める。 放牧された牛や馬は新鮮な牧草をおいしそうに食べ続け、その周りをブンブンと蝿が舞う。 とてもにぎやか、でも穏やかな風景。 空はもっと青くなり、白い雲はさらに白く、たくさんの仲間を増やして、広い空を浮かび漂う。

さらに気温は上昇を続け、楽しい“春の訪れ”から約2週間後には、早くも夏がやってくる。 私は約30km離れた村に滞在し、そんな山の変化を毎日見守った。 2,000mを越す山々の山頂の残雪は日に日に小さくなり、その山麓に目を向けると、勢いよく芽吹く新緑の木々の鮮やかな色が太陽の光を浴びてよりいっそう輝いて見える。 山の表情がおもしろいほど毎日変わった。
  
シッビリーニに春が来た

ピラート湖への道
地元ハイカーの話しでは、例年よりも一ヶ月ほど早く雪どけが始まったという。 近年の気象の変化により、少しずつ自然の法則が乱れていく、また、ここイタリアでも知ってしまった残念な事実。 しかし、その温暖化のおかげで(というべきではないが)、伝説の魔女シビッラによって“不吉な湖”にされてしまったピラート湖(Vol.3のハイキング・イン・イタリア参照)を、間近に見ることができるという。 渓谷の底深くにたたずむ―氷食作用によってできたすり鉢上状の地形の底にある―ピラート湖のあたりも雪がとけ、トレイルが安定してきたのだ。 “Sospesi tra la valle e l'altopiano”(渓谷と高原の間で)と名づけられたこのトレイルに挑戦することに。高度差が激しく(1,000m登り1,000m下り、また1,000m登り1,000m下る)、20kmのロングディスタンスを歩く。 俄然、気合がはいる。

フォルカ・ディ・プレスタから出発。 途中まで、前回のヴェット―レ山と同じ道を進んでいく。 朝から真っ青な空が広がる気持ちのいい天気だったが、標高1,500mを越えると風の冷たさがまだ春先を思わせた。 背後から吹き上げる風に助けられ、急勾配を登って行く。 この風が吹いている間は良い天気が続き、風が止まったら雨が降るという。 空を見上げると、いくつもの大きな雲が頭の上を勢いよく泳いでいく。 止まってくれるな、と願う。

目標確認。いざ!
2時間ほどで標高2,238m地点のRif.Zilioli (ジリオリ・ハット)に到着。 Sella delle Ciaule (馬の背)に立ってシッビリーニで最高の眺めを堪能し、一息つく。 ここからが長丁場。 右側のトレイルに進むとヴェット―レ山、左へ行くと長い長い尾根道のトレイル―シッビリ―二連峰で最も高い尾根道―がピラート湖へと導いてくれる。 そのピラート湖は眼下に確認できた。 虫のように小さなハイカーが数人、すでに湖のあたりを歩いている。 風が強くなってきた。 私は冬の装いともいうべき防寒具に見を包み、尾根道の最古地点2,448mのCima del Redentore (救いの頂)を目指して歩き始める。

Punta di Prato Pulito (清らかな草原の先端)へ向かう

目指すはあのLago di Pilato (ピラート湖)

Cima del Redentore (救いの頂)へ

いったん尾根道に登ってしまうとそこは大パノラマの天国だ。 視界をさえぎるものはなく、目の前に広がる空に向かって歩くような気分。 まだ少し残雪があるものの、足元は安定している。 やっかいなのは、太陽が雲に隠れると極端に気温が下がること。 うまく体温調節できずに少し疲労を感じる。 “救いの頂”が見えてきた。 切ない気分になるネーミングだ。 魔女シビッラの伝説、渓谷の底にたたずむ“悪名高き”ピラート湖、そばにでかでかとそびえ立つPizzo di Diavolo (悪魔の頂)などの荒々しい壁を目にすると、“救い”を求めた羊飼いたちの気持ちもわかる気がするが…その救いの頂を越えて高度を徐々に下げて行く。 Forca Viola (紫色の山道)1,936m付近まで来ると、足元にちらほらと高原の草花が見えてきた。 そこはまさに春だった。

Cima del Redentore (救いの頂)にて一休み

Cima del Redentore から眺めるピラート湖

Pizzo di Diavolo (悪魔の頂)を歩く

Forca Viola (紫色の山道)

目指す湖はいずこに
さらにピラート湖への道をすすめる。 心地よかった春風は熱風へと変わり、太陽が容赦なく照りつけ肌をじりじりとさせた。 極度な天候の移り変わり―冬から春、夏へと―、長時間の歩行、エネルギーの摂取不足等のために疲労を感じ始める。 力がわいてこない。 普段はスニッカーズ系のチョコ&キャラメルを好んで持参し、少しずつ補給する。 しかし今回は体温調節のために忙しく(脱いだり着たり)、食べ物を摂取する機会を失った。 足元がふらつく。 ふと足先に目をやると、ベアベリー、イエローポピー、アペニンペニークレスなどの植物がたくましく生きていた。 山腹の崩壊によってできた岩石で埋め尽くされている中、岩や土をしっかりとにぎりしめて。
  

岩石の中で元気に花を咲かせる Croco(クロッカス)

Valle del Lago di Pilato (ピラート湖の渓谷)を行く

渓谷の底に向かい始めて約1時間、やっとピラート湖の姿を確認。 しかし目の前にそれはあるものの、到達までにはさらに1時間あまりの歩行をしなければならなかった。ずっとその姿を目の前にしながら歩き続け、今か今かと思われたその湖は突然、小さな丘を越えた途端に、あらわれた―大きな青い湖がポンっとふたつ。 感動の対面はあっけない。 近くに寄って水面を覗き込む。 その青い水は透き通っているのに湖底が見えず、深いのか浅いのかわからない。 そばで別のハイカーが小さなストーブを使ってクッキングし始めた。 湖の水を沸かしている。 ふと“中世の騎士たちが湖に葬られた”そんなピラート湖の伝説が頭をよぎった。

伝説の湖Lago di Pilato (ピラート湖)

Cima del Redentore から眺めるピラート湖

大迫力!下から見上げる Pizzo di Diavolo (悪魔の頂)

“その一声”がハイカーを救う?
ピラート湖でしばしの休息。 午後も3時近くなると頭上の雲が増えてきた。 時おり太陽が隠れ、またまた気温がぐっと下がる。 防寒具を着込み、岐路へと向かい始めた。 その名の通りのRoccette (岩場)というポイントを歩く。 こぶし大にくだけた岩で埋め尽くされ、足元はおぼつかない。 少し斜面になっているため、歩いても歩いても岩だけが崩れていき、一向に前に進むことができない。 一度は回復した疲労を再び感じ始める。

そんな時、前方からハイカーのグループが長い列を作って下ってきた。 地元のイタリアンハイカーだ。“チャオ!”、“サルヴェ!”、“ヴゥォナセ〜ラ!”と皆が声をかけてくれる。 こちらも元気に応える。 30人を越すハイカーに挨拶を終えると、気分が回復。 また力をこめて歩き出すことができた。 と、突然、野生のキツネに遭遇。 ハイカーに慣れているのか、食べ物をねだっている。 最後の食料、残してあったビスケットをひとつ、ふたつ、みっつ、とあげているうちに全部あげてしまった。 遠くにSella delle Ciaule(馬の背)―出発の際に立ったポイントを確認したのだ。 もうゴールはすぐそこだった。
  
Roccette (岩場)


野生のキツネと地元ハイカー


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