Vol.1
ハイキング・イン・スイス
『The Alpine Pass Route』
(ザ・アルパイン・パス・ルート)
  

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“ザ・アルパイン・パス・ルート” はスイスの“クラシック・ロングウォーク・トレイル”。 スイスの東部に位置するLiechtenstein(リヒテンシュタイン)との国境付近Sargans(サーガンズ)から始まり Lake Geneva(レイク・ジェノバ)のMontreux(モントルー)まで、全長340kmを東から西へと横切っている。 スイスアルプス最高峰を含む山々の絶景が連続する中、16にもおよぶMountain Pass(マウンテン・パス)を越えていくのだ。 このトレイルの完歩には、休息の日や天候の悪化を考慮して約4週間かかるという。 ちなみにイギリス人のピーターは、2週間半で踏破した(彼はいつも走っていた)。   
“2週間半”のピーター

スイスの山“初体験” の私は、手始めに人気のあるエリアだけを歩くことにした。 ルートの真中の部分にあたるBernese Oberland(ベルナーオーバーラント)、 Jungfrau Region(ユングフラウ地区)を中心としたトレイルである。 ベルナーオーバーラントは標高4158mのJungfrau(ユングフラウ)、3970mのEiger(アイガー)、4099mのMonch(メンヒ)等をはじめとした4000m級の山々が連なり、 ヨーロッパ・アルプスの中でも屈指の山岳リゾートエリアである。 私は予備の日を含んだ約10日間の行程で、Meiringen(マイリンゲン)からGrindelwald(グリンデルワルド)→Lauterbrunnen(ラウターブルンネン) →Griesalp(グリースアルプ) →Kandersteg(カンデルシュテーク) →Adelboden(アデルボーデン) 、そしてLenk(レンク)までの道のり(トータル約104km)を選んだ。

大迫力のEiger,3970m

Grindelwaldへ

スイスのハイキング・コース は ―ほとんど人が通らない道でさえも― よく整備されている。 所々に黄色の標識があり、現在地および海抜、行先とその所要時間がひと目でわかり、一般のハイキングコースとアルペンコースの区別もされている。 また「君はコースからはずれてないよ」と教えてくれるサインもあるので、「この道で大丈夫なのか?」という心配事は少ない。 ただ慣れてくると、このサインが見つからなくて逆に不安になることもある。 無謀で地図を読むのが嫌い(苦手)な私は、いつも一枚の山岳地図も持たないで歩く。 事前に出発する町(や村)のツーリスト・インフォメーションセンターで簡単な地図をもらい、コースの説明を聞けばたいてい失敗はない。 不思議なもので、初めてのトレイルでも歩いているうちに“カン”がはたらくようになり、何も見なくても迷うことがなくなるのだ。 今回は一冊のガイドブック、方位磁石(温度計もついているキーホルダー。 私は寒くなるとすぐに気温が知りたくなる)と信頼のおける“黄色の標識”だけを頼りに歩いた。   
頼りになる“黄色の標識”

“自信過剰は禁物である” と神サマがおしえてくれた。ある日、ずっと降り続いていた雨がひょうに変わり、あっという間に雪になった。 7月中旬、夏である。さらさらとした粉雪に感動している間もなく、辺りは一面の雪化粧。 さらに風が加わり、吹雪になった。すでに半径3mの視界がさえぎられ、トレイルの上には雪がかぶっている。 さすがの私もパニくった。雪から身をかばう場所もない。手と耳が寒さでしびれはじめた。 慌ててバックパックの中からレインウエア、手袋、ニット帽を取り出し身につける。 じっとしていると寒いので、大げさに腕を振って前進した。が、もうどこにいるのか分からない。 目印にしていた山々はすっかり姿を消した。前後左右に目標物がないと方向感覚を失う。 方位磁石で方角は確認できたが、地図がないので進む自信がない。 この時、初めて地図を持つ意味を知った。が、そんなところで反省していても仕方ないので、もと来た道を戻る。 その道をはずれることがないように、なるべくゆっくり歩いた。 吹雪が容赦なく顔にぶつかってくるので、目を開けるのもやっとの思いだった。 半ベソをかきながら歩き、約3時間後に下界へ到着したのだった。

山の天候は変わりやすい のはあたり前。さらにここスイス山中も異常気象の影響で、悪天候の日が続いた。 トレイルの途中で歩くことを断念し、Mountain Hut(マウンテン・ハット)、で天気の回復を待つこともあった。 マウンテン・ハットは文字どおり山の中にある宿泊施設で、オーナーの自宅と兼用していることが多い。 牛や羊を飼い、自家製のチーズ等の乳製品を作り、ハイカー(冬はスキーヤー)に寝床と食べ物を提供している。 ここで私を悩ませたのが言葉である。観光地と違い、英語はほとんど通じない。 最初はミネラルウォーターのボトルさえ買うことが出来なかった。 テレビのないハットの夜は、“おしゃべりタイム”と決まっている。 ドイツ語かフランス語をちょっとだけでも覚えてこればよかったと後悔した。  
Mountain Hut

私たちハイカー は、ドミトリーまたはマットレス・ルームとよばれる所に寝泊りする。 スリーピングバックを持っていく必要はない。必ずブランケットが用意されているのだ。 必要ならば2枚、3枚と貸してくれるし、寒がりの私はヒーターまで用意してもらった。 シャワーはまずない、といってもいい。あったとしても“ウォーター・シャワー”である。風邪をひいてしまう。 朝食は決まって硬いスイスのパン、銀製のポットに入ったコーヒーとホットミルク、自家製ジャムとチーズ、たまにハムがついてくる。 夕食はチーズフォンデュ、またはステーキにポテトと玉ねぎを炒めたものがどっさり。そして例のパンとチーズ。 オプションでスイスワインや自家製フルーチェみたいなものもいただける。以上で一泊30〜40スイスフラン、約2500円前後。 スイスにしては良心的な料金である。下界よりもたいてい山の中の方が宿もモノも安い不思議な国である。   
フランスのアルパイン・クラブのメンバー

スイスは物価が高い ただ山の中を歩くだけのシンプルな旅なのにお金がかかる。チープ・トラヴェラーには不都合が多い。 バックパッカーでは常識と思われる自炊施設がない。ツーリスト用のランドリー施設がない。 キャッシュ・オンリーという所が多く、毎日、現金が出ていくので「お金がかかる」という印象を持ったということもあるが。 クレジットカード/トラヴェラーズ・チェック信望者の私は、いつも「次の町(または村)に銀行があるだろうか?」と考えながら歩いたものだった。 銀行が閉まる間際になり、猛ダッシュで山を駆け下りたこともある。 一緒に歩いた仲間に「今日はいくらキャッシュ持ってる?」と確認するのが日課になった。   
おいしい天然の山の水はタダ!

真っ青な空にそびえたつ ゴージャスな山々の景色から、カウベルを“ジャランジャラン”鳴らす牛が点在する牧歌的な風景まで、ヴァラエティに富んだ光景を目の当たりにする、最高級のハイキング・トレイル、“ザ・アルパイン・パス・ルート”。 その中で、あえて私がベストコースを選ぶならば、グリースアルプから カンデルシュテーク間を歩く“The Hohturli(ザ・ホーテュルリ)”である。 今回、私が歩いた中で最もハードなトレイルで、急勾配の上りとルーズな足場、そのうえ数日前から降り積もった雪のせいで一時も気がぬけなかった厄介なコース。 それだけに達成感も大きい。またその日は快晴で、雲ひとつない青い空に真っ白な雪山が美しく映え、その景色は感動的だった。

快晴の“Hohturli”

雪深い“Hohturli”の峠

ベスト・タウン を選ぶならカンデルシュテーク。先のハードなトレイルを終えた時の町ということもあるが、町に着いた瞬間、「ここが好きだ」と感じた。 がんばって山を越えてきた後に訪れる町は、いつもこうであってほしい。 毎朝、早起きして身支度を整え、次の目的地へと出発。登山電車に乗って窓から手を振る“イージー・ハイカー”を尻目に、黙々と山頂を目指す。 延々と続くトレイルを見上げると下ってくるハイカーに出会い、「ぜんぜん疲れてません」という表情をつくって挨拶する。 ちなみに“Guten Tag(グーテンターク)”または“Gruss Gott(グルッスゴット)”と、なるべくドイツ風のアクセント(?)で言うのが望ましい。 やっとの思いで山頂に立つと、遥か遠くに目指す町が確認できる。 この瞬間がたまらなくうれしかった。そして大きな期待を胸に、その町へ向かって前進するのだ。
  
お気に入りの町“Kandersteg”

朝から晩まで 野山を越えて歩き続けていると“お休み”がしたくなる。連日の歩きで私の足は悲鳴をあげていた。 特に両足のかかとはひどい靴ヅレで、見るも無残。カンデルシュテークは“お休み”にふさわしい町だった。 大きくもなく、小さくもない。必要な分だけお店や宿泊施設等がある町だ。 どこかみたいに“ツーリストずれ”していないのがいい。そしてこの町で“レイジイ・デー(なまける日)”をつくった。 私と同じルートを歩いて来たハイカーたちもここが気に入り、みんなで休息の日をとった。 >結果的には町を起点としたThe Gemmipass(ザ・ゲンミ峠)というハイキング・コースを見つけ、一日中歩いてしまったが>。 少しもじっとさせてくれない、ニクたらしいスイス・ハイキングである。   
“The Gemmipass”


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